知財高裁平成24年2月14日 判決
平成22年(ネ)第10076号 商標権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地裁平成21年(ワ)第33872号)
控訴棄却(侵害不成立)
【事案】
インターネットショッピングモール内の商店が行った商標権侵害及び不正競争行為について、モール運営者自身も責任を追うかについて争われた事案。管理支配を行っているモール運営者自身は出店者による商標権等について一定の責任を有することが認められた。
本件商標
登録第4296505号等
侵害品
【関係条文】
商標法25条
商標法37条
プロバイダ責任制限法3条
【第1審要旨】
原告(イタリア法人、控訴人)が被告(楽天㈱、被控訴人)に対して商標権侵害及び不正競争行為に該当するとして差止及び損害賠償の支払いを求めたが、被告サイト上の出店ページ登録された商品の販売の主体は、当該出店ページの出店者であって、被告はその主体ではないため、「譲渡のための展示」又は「譲渡」に該当するものではないとして棄却した。
【判旨】
知財高裁は、「ウェブページの運営者が,単に出店者によるウェブページの開設のための環境等を整備するにとどまらず,運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停止等の管理・支配を行い,出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者であって,その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったときは,その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限り,上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し,商標権侵害を理由に,出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができると解するのが相当である」とし、モール運営者が相応の対応を怠ったときは出店者と同様、これらの責任を追うものと判断した。ただし、商標権侵害の事実を知ったときから8日以内にこれを是正したため、一審原告の本件商標権を違法に侵害したとまでは言えないと結論付けた。
【評釈】
プロバイダが運営するサイト内における名誉毀損や著作権侵害については、まねきTV事件やロクラクII事件、2ちゃんねるに関する各事件があるが、商標に関するプロバイダの責任について争われた事案として本件は、おそらく最初の知財高裁での判決である。
第1審ではインターネットショッピングモールの運営者は、侵害行為の主体ではないとして侵害を構成しないと判断した。これは単純明快な伝統的判断であるといえる。しかし、かかる判断を踏襲することは、今後発生し得る悪質・不誠実なモール運営者への対応が困難となる。控訴審では、出店者に対して支配管理が及んでいるモール運営者について一定の責任があることを認め、事案毎に判断することを可能とした点で、判断基準が曖昧になったが、プロバイダへの責任が認められる場合があることを示した点で有意義である。
まず、プロバイダの責任については、プロバイダ責任制限法がある。この法律は、モール内の出店者が侵害品を展示しているページの削除に応じない場合でも、プロバイダ(モール運営者)がこれに自主的に対応できるようにすることで侵害からの救済を図り、そしてプロバイダへの責任追及が回避される条件を示すことで、インターネットの円滑かつ健全な利用を促進することを目的としている。
このプロバイダ責任制限法3条1項では、プロバイダと削除依頼者との関係において、以下の2つの場合を除き、プロバイダは賠償の責任を追わないとしている。
i) 他人の権利侵害を知っていたとき(1号)
ii)違法サイトの存在を知っていて、他人の権利侵害の事実を知っていたと認めるに足りる相当の理由があるとき(2号)
本件では、被控訴人である楽天は、上記の権利侵害の認識について、「出店者が先使用権者であったり,商標権者から使用許諾を受けていたり,並行輸入品であったりすること等もあり得ることから,上記出品がなされたからといって,ウェブページの運営者が直ちに商標権侵害の蓋然性が高いと認識すべきとはいえない」とし、原始的に権利侵害の認識はなかったと判断されている。そして、楽天は警告書等により侵害の認識を持ったときから8日以内に、侵害品が展示されているウェブページの削除を行ったため、これを合理的期間内の是正として、違法性は認定されていない。この8日というのは、極めて迅速な対応期間といえる。即ち、プロバイダ責任制限法3条2項2号では、モール内の出店者に対して削除の申出を受けたことを連絡してから7日以内に反論がない場合には削除しても、その結果に対してプロバイダは責任を追わないと規定している。従って、7日以内に反論がなかった場合、最短で8日目に削除することが可能となるのである。つまり、8日は合理的期間の中でも最短のものである。インフラ的な役割となるオンラインショッピングモール等を運営する者が巨大な企業である場合には、8日以内での対応が困難になる場合もある。従って、8日が合理的期間ではなく、8日を過ぎても削除までに常識的な時間で対応されていれば、プロバイダへの責任は回避できることになろう。
では、プロバイダを商標権侵害者とするにはどのような法律構成とすべきかが問題となる。この点、プロバイダないし運営者の責任について言及した著作権に関する判決を見てみる。
クラブキャッツアイ事件(最高裁 昭和63年3月15日判決)では、店の客の歌唱は店の経営者の歌唱と同視して、管理・支配を行う店は著作権違反の主体者とみなし、責任を認めた。いわゆるカラオケ法理である。これによると、「侵害する者または侵害するおそれがある者」にプロバイダやカラオケ店等の運営者が含まれることになり、法律の変更なく、解釈によって侵害救済規定の適用が可能となる。まねきTV事件及びロクラクⅡ事件では、より踏み込んで、具体的な諸要素(複製の対象、方法、関与、程度等)から主体を判断するとしている。
著作権法には間接侵害規定が無いため、侵害に寄与した者を侵害者と同視する方法は妥当するが、商標法には間接侵害の規定が存在するため、これらの判決に示された法理を援用することは慎重になる必要がある。この点、楽天は、まねきTVやロクラクⅡの事案では、侵害行為を組成した機器は100%著作権侵害のために使用されているが、一審被告の運営するショッピングモールは殆どが適法な商品が流通していること、及び商標権侵害の不明確性を指摘し、「より当該商品について深くかつ高度な関与がなければ、商標権侵害行為の主体性を認めるべきではない。」と述べている点は合理的な主張であろう。
外国における商標に関する同様の事件についてはどうか。当事者は外国の判決を引用してプロバイダの責任について検討を加えている。
(1)米国
第2巡回控訴裁判所 Tiffany v. eBay(2010年4月1日判決)
(2)韓国
ソウル中央地法院(2008年8月5日判決)
(3)フランス
トロア地方裁判所 Hermes v. eBay (2008年6月4日判決)
パリ商事裁判所 Luis Vuitton v. eBay(2008年6月30日判決)
(4)ドイツ
ドイツ連邦通常裁判所 Rolex v. Ricardo (2004年3月11日判決)
ドイツ連邦通常裁判所 Rolex v. eBay (2007年4月19日判決)
ハンザ高等裁判所 Stokke v. eBay (2008年7月24日判決)
(5)英国
英国高等法院 Roreal v. eBay (2009年5月22日判決)
(6)欧州裁判所
c-324/09 (2011年7月14日判決)
米国におけるティファニー・イーベイ事件では、イーベイ社による直接的商標権侵害(direct trademark infringement)については、侵害品を所有又は販売しているものではないために成立を否定し、寄与的商標権侵害(contributory trademark infringement)についても、「a service provider must have more than a general knowledge or reason to know that its service is being used to sell counterfeit goods. Some contemporary knowledge of which particular listings are infringing or will in the future is necessary.」とするところ、イーベイ社には現実又は将来の侵害の認識が無かったとして、責任を否定している。この判決は現在の米国の規範的判決になっている。その他の判決をみても、侵害の認識を問題としている。
そこで、本判決をみると、プロバイダについては出店者に対して支配管理を行っているとし、「侵害者が商標法2条3項に規定する「使用」をしている場合に限らず、社会的・経済的な観点から行為の主体を検討することも可能というべき」と述べ、プロバイダ自身が侵害の主体者になることを示している。これはカラオケ法理と同じ考え方である。
さらに、判決では「商標法が、間接侵害に関する上記明文規定(同法37条)を置いているからといって、商標権侵害となるのは上記明文規定に該当する場合に限られるとまで解する必要はないというべき」とし、商標権侵害は直接侵害及び間接侵害の規定の範囲に拘束されるものではないことを示している。すなわち、商標権侵害に寄与する行為(寄与的商標権侵害)も、侵害の主体者となり得ることを示した点は重要である。
現実の問題に対して法律の整備が追いつかないことは往々にしてあり、これに対して、知財高裁が37条の明文規定以外にも商標権侵害が成立する旨示したことは評価される。しかし、かかる行為が、どの条項に基づく侵害かを明記しないと、商標権侵害は刑事罰の対象にもなるため、罪刑法定主義の考え方からして予測可能性において問題があろう。プロバイダ責任制限法ではプロバイダに法的責任がない行為が明記されているのであるから、直接に侵害を行った者以外の者にも商標権侵害の可能性があることを法律で明記する(たとえば間接侵害のひとつとして)ことが望ましいと考える。
以上
(弁理士 宮永 栄)